2013年4月16日火曜日

庭仕事


昨日、今日と天気がよく、気持ちがいい。
ずいぶんと暖かくなったので、自然と体が動き、庭仕事へ。

雑草は、よくもこれだけ生えてくれるものだ。
これを引っこ抜くだけで、ずいぶんな運動になっているような気がする。
少し汗ばむ。

おまけに気分転換にもなってよい。
勉強ばかりも体に良くないよ、といろいろな方が声をかけてくださる。
そういった意味では、天気が良い日に庭仕事、には健康的な響きがある。

庭にいると、様々な生き物が飛来してくる。
昨日は、つばめが飛んでいて、へえと思った。
今日は、薄緑色の小さな鳥が軒の上を跳ねていた。

あの鳥は、うぐいすなのだろうか。
鳴いてくれればわかるのだが。
鳥の名前ひとつ出てこないのだから、無粋に感じる。
勉強ばかりしていると良くないこと、のひとつだろうか。

2013年4月12日金曜日

古本は売っていない


今日は天気が良いのだが、朝から寒い。
特に風が強くて、迂闊に外に出てしまうと、疲れすら感じてしまう。
三寒四温の最中では、体が重くなる、一般的な身体の反応だという。
もう4月になって幾日も過ぎたのに、もどかしいものだ。

この時期、学年が変わると、先生も変わって、慣れるのに戸惑っている生徒がいる。
自然なことだと思うし、どうせ慣れるのだから、焦らずに構えていたほうがよい。

ところで、昨日はブログでおかしなことを書いてしまった。
「古本を売りに行った」という。
これはおかしい。
「要らなくなった本を、売りに行って、古本にした」のだ。
日本語は難しい。

本は、気がつけば、読みたい趣向がガラリと変わっている。
年を取ったせいだろうか。
これまで熱心に読んでいたものへの、興味が薄れていった。
逆に、いま熱心に読み始めたものが、本棚を一掃し、景色を変えている。
どちらかと言うと、結局残した本は、いただいたりした稀少な古本が多い。

どうやら私は、「古本だけは売りに行かなかった」といったほうが正しいようだ。

2013年4月11日木曜日

古本を売りに


次女のおたふくかぜも無事に治り、長女の小学校も始まった。
生徒たちも、学年が一つあがって、それぞれみな進級である。

今日は、朝から寒く、雨も降り、あまり体を動かす気分にもなれない。
それでも、要らなくなった本を大量に売りに出かけていった。
どうせ値もつかないだろうという本は、ちょうど紙ごみの日だったので、紐で縛って捨てた。

このようにして、新しいものが古いものを塗り変えていく。
少し気分がさっぱりした。その点、春らしいように思う。

2013年4月4日木曜日

おたふくかぜ


春休みも終盤戦である。私のところに通う生徒は、みな血相を変えた。
ラストスパート、だとか、追い込み、だとか、そんな声しか掛けようもない。
みなさん、がんばってください。

私はといえば、復調した安堵も束の間、次女がおたふくかぜにかかった。
いわゆるムンプス、英語発音ならマンプス、か。
通っている園のクラスで、いま流行りに流行っているので、そんなに驚かなかった。

かかりつけのお医者様が、なぜそんなに勉強するのだ、と聞いてくる。
お医者様というのは、すごい。
いま私が必死で学んでいるドイツ語やラテン語を、とっくに習得しておられるからだ。

じゃがな、近頃は英語、よ。
そちら(医学)のほうでも、やはりそうなんですか。

ちなみにこの方は、アラビア語もできる。旅行のためのものらしい。
ドバイ、だったっけ。
医学部へいきたいと思っている生徒は、そんな夢でも馳せてみればいい。

とにかく、私は、次女がおたふく。自宅で長女と大暴れ。
5日間の強制自宅待機。土曜の入園式は、もちろん欠席。
これから週末にかけて、春休みのラストスパート、ついに追い込まれるところまで追い込まれてしまった。

2013年4月3日水曜日

快復、授業を再開


急性胃腸炎になったのは先週の木曜日のことです。
初日からとにかく、激痛と高熱で起き上がることができませんでした。
二日間それが続き、食事ができず、スポーツ飲料水を飲み続け、朦朧と伏せるばかりで。結局木曜日と金曜日の授業はお休みにしてしまい、生徒の皆さんには大変ご迷惑をおかけしました。
この場を借りてお詫び申し上げます。

土日もダウンしていたのですが、授業は週明け月曜から行っています。
胃腸炎のほうは今日を持って治ったといえる状態になったので、このブログも久しぶりに書いているわけなのですが、治ったのは神さまのおかげです。
もちろん、病院へはきちんと行ったのですが、病の克服には、祈りです。

生きていることは試練そのものに違いありませんが、人に乗り越えられない試練は与えられないとは、聖書にあるとおりです。
また、こうやって生かされているのは、恵みに他ならないのですが、試練そのものも実際は恵みなのだと実感します。
いつ、どこででも感謝せずにはいられませんが、語学を再開出来たときは、ほんとうにありがたくてなりませんでした。
勉強できるのは、幸せなことです。

本日、3月中に読み終えるつもりだった、ラテン語のDisputatio Heidelbergae Habita (ドイツ語訳Heidelberger Disputation) を、これはいわゆる『ハイデルベルク討論』というやつなのですが、やっと読了できました。
さっそく、次のを読み始めています。
病で遅れをとった分は、取り戻していかなければなりません。
実に、語学は一日休むと、三日の遅れが生じる。どれだけ体調が悪くても、一頁でも半頁でもいいから進めたほうがよいのです。

2013年3月28日木曜日

語学のノルマ


今日もなんとかノルマをこなせた。私の語学のことである。
ノルマ、か。久しぶりにこんな言葉を使っているな。
生徒のみなさんも、春休みの宿題のノルマに追われています。たいへん、いいことです。
とくに、語学はね、それはみなさんの場合、英語に関して言うのであるが、少しずつでも毎日やるのが、大切なことね。
今日も生徒を教えていて、我ながらいいことを言ったな、とハッとさせられたのだが、「大体わかれば、それでいいのね。8割ぐらい、とか」。
思想家の吉本隆明も、そんなことを言っていて、今の時代に、「大体でいいんじゃない」と言えるのはすごい、と作家の高橋源一郎が、コラムかなにかに書いていたような気がする。
それが、頭に残っていたのだろうか。
3月も残り少なくなってきたが、独習しているラテン語ドイツ語対訳の本、目標としていたところ、のこり数ページと迫ってきた。
上達もしてきたように、思う。つまり、読んだ部分、大体わかった。

2013年3月26日火曜日

ソロモンの花


春を感じるようになったので、久しぶりに草むしりをしている。
昨年の夏、秋と教会周りの雑草は一掃したはずだったのだが、自然の生命力は凄まじいもので、冬眠していた間に一面雑草、である。

この冬は信じられないぐらい寒かったはずだ。
それが気がつけば、ずいぶんと暖かくなっている。わからないものだ。
聞くところによると、松山でも各所で桜が満開になろうかという勢いで咲いているらしい。
これは、塾に来てくれている生徒や、教会で練習をされている合唱団の方からの情報だ。

実は私は、それほど桜が好きではないし、花見にも興味がない。そもそも友達がいないし、花見になど決して行かない。
じゃあ、家族でも連れて行けばいいじゃないか、という意見もあろうが、これがまったく気乗りしない。
むしろ、紫がかった白い花が、名もわからないのだが、庭一面に咲き誇っているのに気づき、驚かされたのが、かえって気持ちいい。
洗濯物を干すついでに見る、といったぐらいのことで、それほど熱心なわけでもないのだが、見る都度、可愛いものだな、としみじみ感じ入るのだ。

そこで私はこれを、ソロモンの花、と名づけた。
箴言に由来する、ソロモンなのだが、これはわかる人にしかわかるまい。この花の咲き方には、人を励ます優しさが漂っている。
おそらく私がいなくなった後も、このソロモンは、春になると咲き乱れるだろう。世間が花見だといっている季節になると。

そのとき、この花の存在に気づき、励まされる誰かがいる、と想像してみるのだ。
こういった春の味わい方が、じつに私らしくていい、と考えている。
ソロモンの花。いいネーミングである。